30年

日本航空の東京羽田空港発ー大阪伊丹空港行きの、JAL123便(ボーイング747SR-100)が御巣鷹山に墜落してから30年経ちました。
私自身は直接事故に遭った方とのつながりはありませんが、いまでも忘れられない衝撃として覚えています。

20時過ぎに自宅に帰るとテレビで日航機が行方不明との報道が連続的に流れていました。
2重3重に安全装置が準備されている最新鋭のジャンボ機で何が起きたのかと、着替えもせずに立ったままテレビを見続けていました。

いろいろな情報が流れている中で、秩父で山の上を群馬県か長野県方面に飛んでいく大きな飛行機の目撃情報がありました。
大阪へ向かう飛行機が飛ぶ方向では無いので、もしもそれが該当の日航機ならば、よほどの何かががあったのだろうな、と思ったことを今でも覚えています。

そして翌朝になり大惨事のようすが徐々に明らかになって、更に4名の生存者がいたことと、その救出を祈る思いでテレビ・新聞を見ていました。

最近は、副操縦士が自殺の道連れに飛行機を墜落させた事故、今もって詳細は分からないが目的地とは全く異なる海上を燃料が無くなるまで飛び続けて海に墜落したと思われる航空機 等、航空機事故が続いています。

520名と単独の航空機事故では最大・最悪の犠牲者を出した事故のことは、風化させてはいけないと思います。
30年を経てあらためて犠牲者の皆さんのご冥福を祈ります。
安全のために必要な技術、人、環境、責任体制を今後も厳しく見つめたいと思います。

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りょうちゃん について

"これまでのものを大切にしつつ、新しいものに挑戦"  、 空を飛ぶこと 海に潜ることが大好きです。
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30年 への2件のフィードバック

  1. saganhama より:

    こんばんは(^^)
    今30年前の真相と言う番組を見てます。大量輸送が可能な大型機のリスクを重く受け止めてます。仕事の関係でジャンボ機には何度も搭乗してます。その度にこの事故の事が頭をよぎりましたよ。航空機の事故率は交通事故よりも遥かに低いそうですが、一たび発生すると一度に多くの人命を失う事になります。安全の為のたゆまない努力を惜しまない事の重要性をこの事故は教えてくれてると思います。亡くなられた方のご冥福を祈るためにも風化させてはいけないと思います。

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    • saganhama さん
      こんにちは。
      航空機の事故率は低いですが、事故が起きた時の悲惨さを思うと確率論ではなくて、限りなくゼロであって欲しいですね。
      私も搭乗機が落雷に遭ったり、急な集中豪雨で着陸寸前であったのが海上に出て長い時間回した飛行機に乗っていたことがります。
      機内が非常灯のみになり、機体がギシギシ音を出しながら飛んでいる中にいると、もしかしてと怖くなります。
      それでも仕事に、個人的に飛行機に乗ることが多い現代です。
      ボーイング社は責任追及を恐れて原因と思われる圧力隔壁の修理を担当した者を日本の調査団に会わせなかったと言われています。徹底した原因究明がなされ、その正しい対処方法が公表されてこそ、犠牲になった方々に報いるものと思います。
      全ての事故の原因が解明され、次に向かっての安全の対応がなされるかを見続けたいと考えます。

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